出雲通信

鉄輪に温もり伝わる一畑電車

のんびらと里に映え

左の写真をクリックすると、一畑電鉄の駅舎と周辺風景を紹介するサイトに移行。

<出雲地方
島根県の東半分。松江市(県庁所在地。人口約14万人)宍道湖(周囲44km・面積83ku)斐川町(出雲空港があり、チューリップ栽培。人口約3万)出雲市(出雲今市とよばれ古くより商業都市として発展。交通の要所。人口約9万)大社町(出雲大社。人口約2万)平田市(宍道湖近くにあり古くより湖上船運が盛んで、木綿市場が栄えていた。鰐淵寺・一畑薬師などの古刹あり。人口約3万)宍道湖と簸川平野を中心とする周辺市町村。

<簸川平野>
「ひかわへいや」は八岐大蛇(やまたのおろち)退治で有名な斐伊川(ひいかわ)が平野の中央を流れ、冬の季節風ふせぐ屋敷林・築地松(ついじまつ)で囲まれた出雲地方独特の農家が点在する散村風景がみられます。



<一畑電鉄>
「いちばたでんてつ」と読みます。一時、都会的に「いちはた」と呼んだことがあったそうですが、地元になじまず、元の読み方に戻った由。神々の里を走る、山陰唯一の私鉄。
明治45年4月6日、一畑軽便鉄道株式会社として設立。関西の事業家により出雲今市と出雲大社を結ぶ計画が建てられました。しかし、当時の鉄道院総裁・後藤新平が同区間で官設線の建設を予定していることが判明し、急遽、計画を出雲今市・一畑間に変更。設立まもなく関西の事業者の経営状態が悪化し、苦境に立たされましたが、地元の一畑薬師や地元一般株主の増資により軽便鉄道の事業は無事継続され、現在に至ったといいます。鉄道事業以外にもバス、タクシー、ホテル、百貨店、遊園地、航空代理業務等、多角的な経営を行う出雲地方の代表的企業。
現在の一畑電鉄は当初の出雲市と平田を結ぶラインの他、出雲大社と松江市とを結ぶラインが順次追加され、本線の総延長は42k231m16。現営業線の構成は今市線(電鉄出雲市・一畑口)、松江線(一畑口・松江)、大社線(川跡・出雲大社前)の3線。
鉄道輸送人員の推移をみると最大であったのは昭和42年で約590万人。その後、自動車交通の発達により平成4年段階では170万人と3分の1以下になっています。24ある駅で14駅が無人駅。

<地元と旅人とのふれあいレール・一畑の電車>
地元の熱意によって生まれ、守られ、そして地元の足となった一畑電気鉄道。観光地、出雲大社と松江とを結び、多くの観光客に旅情や思い出を運んだ鉄道。この一畑電鉄がいま経営に苦しんでいるとの話を聞きました。

沿線には近年、島根ワイナリー、出雲伝承館、出雲ドームなど新しい観光施設ができています。また、会社には昭和2・3年製のデワニ車両を大切に今でも運転している車両保守技術力とそれを支えてきた一畑鉄道マンが健在です。これら新旧の資産が活かされ、そして地元の人や全国の観光客みなさんの新たな熱意で後押しすれば、山陰唯一となったこの鉄道も蘇るのではないでしょうか。

毎日、東京の過密電車に乗って通勤する私ですが、子供の頃、私には山裾を走る一畑のレールが都会へ至る道に見え、そして、母の里帰りに降りた駅舎のシグナルの明かりは都市的な輝きに映ったものでした。

現在、電鉄では団体割引、時差・休日・ノーカーデー回数券、高齢者割引と地元内外の利用者拡大策が積極的に展開されているようです。「日帰りから世界の空まで」という子会社のキャッチフレーズの精神で、そして、「やめらん」という現場職員の心意気で、まだまだがんばってもらいたい思います。みなさんも出雲の方に旅行されたり、帰省された折りには、是非一畑の電車に乗って、なつかしき光景にふれるとともに未来のあり方にも想いを馳せてみてはいかがでしょうか。出雲の旅で、新たな発見があるかもしれません。

問い合わせ先 〒690 島根県松江市中原町49 一畑電鉄鉄道部管理課 内田さん 0852-26-1313(代表)

なお、今回の紹介記事は「神々の里を走る電車たち」(山陰鉄道研究会)を参考にさせていただきました。
著者は祖田定一氏。米子市道笑町3丁目33−5

(写真 平成9年3月30日 一畑電鉄大社線高浜駅にて、吉田撮影)


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